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2007年5月27日 (日曜日)

告知とセカンドオピニオン

今回も、思い出しながら、

当時のメモを見ながら書きました。

仕事をして、通院して、家事をして…

東京に出向き…ある意味、一番充実して行動できていたかも。

自分の記録として残しておきます。

…参考になれば幸いです <(_ _)>

告知当日からセカンドオピニオンまで

 7月上旬、本人への告知は淡々としたものだった。しかし主治医はとても気を使って言葉を選びながら説明してくれた。

マンモグラフィとマンモトーム生検の結果からいえば全摘が望ましいと、温存しても癌の取り残しができる可能性がある…温存なら経過を見ながらの放射線治療・抗癌剤治療なども必要になるだろう…という内容だった。

抗癌剤の辛さは知り合いから聞いて知っていた。その抗癌剤に打ち勝つ精神力がなかった事、また日常生活を極力変えずに済む方法(=全摘)を選んだ。

とにかく、癌は早期になんとかしなければ叔母の二の舞になるという気持ちもあった。

いまでは医療も進歩しているので焦る事はないのかもしれない、だが相手が体の中に潜む癌なだけに油断してはいけないと…

 今まで一人で通院していたので、主治医から家族に説明したいと言われた。

一応その場から主人の携帯に電話をして日程を調整する(動かせない海外出張が入っていたので)。

「今日ではなくて今度結果がでるのだけど、家族と一緒の方がいいと思うから」と告知されたのを隠してそう伝えた。

 黒と出てから、インターネットで調べたが、時間もなく曖昧な断片だけの知識では余計に混乱するだけなので、(面識のない)ある企業のピンクリボン担当者(Iさん)へコンタクトをとった。今考えれば火事場の馬鹿力というか無鉄砲もいいところであるが、藁をも掴む心境だった。

 主人はしばらく海外出張中。干渉されないので、これ幸い東京に出向きIさんから今時の乳癌事情の教えを請う。それ以来今でもIさんにはお世話になっている。

そこで紹介していただいた先生のいる病院(センター)でセカンドオピニオンを受けることに決めた。

患者会やNPO法人など、力になってくれる団体がある事もIさんから教えて頂いた。

 主人には申し訳ないが、すべて事後報告である。

 出張後に主人と二人でS病院の主治医からまた告知を受ける7月下旬。

主人の方が私より物分りが悪かった…仕方ない、信じられなかったのだろう。今まで私ひとりで駆け回って、ろくな相談もせず告知なのだから。

 その時に一通りの検査結果を聞き、主治医にセカンドオピニオンを申し出ると、快く引き受けてくれた。

この時点で執刀はこの先生にお願いしようと決めていた。

仮予約として手術の予定は祖母の初盆が終わって1週間が経った8月24日にした。

娘達も夏休みだから家事を分担してもらうのには都合がいい。学校が始まる9月までにはなんとかしなくては。

 セカンドオピニオンは手術方法(全摘)が本当に適しているのかを確認したかった。

主人と一緒に2回目の告知を受けた帰り、両親に聞かれてはまずいので家からではなく、喫茶店で携帯からセンターへセカンドオピニオンの予約を入れた。

8月に入りすぐにセンターでセカンドオピニオンを受けた。これには主人も同行した。

結果、温存も同時再建も難しいとの事。もう一度センターでマンモグラフィを四方八方から撮り資料を目の前にしての説明だったため、納得いくものであった。

持参したS病院の資料も全てセンターで見せてもらった。紫色に染色された自分の癌細胞も顕微鏡でみた。

吹っ切れた。主人も吹っ切れたと思う、主人は諦めたといったほうがいいか…同時再建を望んでいたから。

 娘二人への説明は簡単だった。事実をそのまま伝えた。

落ち着いている私に安心してか、必要以上に不安になる事もなく「頑張ってきなよ」ぐらいの態度だったが、かえってそれが有難かった。

 

 両親へは祖母の初盆が終わり、片付けが済んだ時点 入院を1週間後に控えて伝えた。

主人も娘達も居合わせた中で話した。

母には「そんな大事なことを…ひとりで背負って黙っているなんて」と泣かれたが、父は相変わらず頼りのない態度だった。

両親には他言は厳禁だからと念を押しておいた。

 

 同情もごめんだし、自分がとやかく言われるだけならいいが、両親であったり、主人、娘達に「マリラさん、乳癌ですってね。」なんて、その矛先が向けられたら悔しい。

特に主人が他者から言われるのは辛いだろうと思う。女を捨てた妻みないに言われたらどうだろう。自分なら「勝手に言ってな」と言えるが、主人は当らずも遠からずで苦しむだろうな。そこまで考えてしまうと夫婦としてやっていける自信がなくなるので、極力考えない、成るようになると今も思うことにしている。

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お付き合いありがとうございます <(_ _)>

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残しておきたい事」カテゴリの記事

コメント

★ちこちこさんへ

そうそう、ブログ初心者だった自分は
何をどこまで話していいのやら…
突っ走っていたし、自分を偽っていました。
ごめんちゃい (^v^)
所詮、前職業がら幼稚園の先生並みな性格ですよ。
先生の中でも体育会系ですがね…テヘッ
ちこちこさんの「場末のキャバレーのママかと思った」は自分の中でも最高に笑えたコメですよ♪
ちこちこさんのように、カミングアウトも考えてはいるけど、
同居の両親がそれに耐えられないんじゃないかと…
もうしばらくお預けですね。
※カロリ飲んでますよ~。有難いお飲み物ですね♡
カロリのカクテル版にハマッテます。おいちい。

とても抑制された、理知的な文章で、デアッタ頃のななたが、嘘のようです。
こういうことって、直後の記録と、落ち着いてからの記憶って若干違って、今くらいに振り返るのが意外に、本当に近い気がする。私もそんな感じで振り返ってるよ。
夫のあり方もさまざまね。私のとこは、自分がピンクリボンバッチをして、朝礼でも、乳癌検診についって言ったり、その方が自分が楽なみたいです。
自分たち夫婦の、気もちの落ち着くやり方が、その夫婦にとって一番よね!カロリ、青林檎うまいですぅ。

★ぷるぷるさんへ

(^◇^) 判った、判った。
でも私も「甘食でも突っ込んどけば判らないよ」って言ってたよ。
お腹すいたら食べれるし…
!( ̄▽+ ̄)そういう問題かって!?

えぇ〜 ┐('Å`;)┌・・

私も真面目にコメントしたのにぃ!!
だって、母親にそう言ったのは事実。
病院の帰りに携帯から電話したの。

やっぱりピンクの方がよかったかな・・・(((^^;)

★yattiさんへ

yattiさん、こんばんわ~
はじめからセンターに受診されたんじゃないんだね。
病院選びも担当の主治医との関係も、この病気は治療が長いだけあって大切だね。
yattiさんの手術経験とか娘さんの年齢とか環境とか考えるとね…
たぶんyattiさんはうちの2、3年後を先行していってるような気がする。
yattiさんみたいに、自然な感じでいられたらいいなぁと思うもん。
「どんな自分もいつかの自分に必要だから」
↑人からもらった言葉だけど、そう思うようにしてる♪

★ラムちゃんへ

ダンディ先生の胸ぐら掴んだラムちゃんはかわいいと思うよ…
見ていて微笑ましい。
そのくらいの衝撃与えてもいいんだけどね、主治医に。
でもクワガタ先生のキャラって胸ぐら掴めそうにないんだよねぇ。(^^ゞ
しょうがなく、自分の胸ぐら掴んだりして…(意味ないじゃん)
ラムちゃんはお母さんを見ていたから、余計に複雑だったろうね。
頑張ってるね、ラムちゃん。アンタは偉い!

★ぷるぷるさんへ

ちょっと~(笑)、真面目に返事書けないじゃん。
ど笑える~~(^◇^)
「温泉には茶色いマジックで乳首をかいておけば、
誰も気づかないから大丈夫だよ」って、
そりゃ~かえって見られるよ、マジ見。
そういう場面でこのセリフが出たぷるぷるさんはすごい♡
…でもせめて、ピンクのマジックにしてほしかった…
ま、黒じゃないからいいけどさ。

★りんごJAMちゃんへ

こんばんわ~
りんごちゃんもそうだったんだぁ、頑張ったね。
告知ってテレビとかだと結構衝撃的だけど、実際は検査につぐ検査でなんとなく雰囲気で覚っちゃうとこあるもんね。
家族には、前向きに治療している姿が一番安心するかも…
娘達はまだ癌に限らず病気の怖さが解ってないとこもあるんだよね。
のちのち勉強していってもらいますわ。

★しばやんさんへ

そうだね~、しばやんはしばやんでまた立場が違うからね…
でも、あっけらかんとしてた本人に逆に安心感をもらったんじゃない?ご家族も。
オカンも負けずにこれからも、「前向きに…」行きますよぉ (*^^)v
(セリフとるなってか)
※あっけらかんって方言?…せずよ~んないやぁ。

★dekoさんへ

dekoさん、こんばんわ。
皆さんのコメ読むと、だいたいが自分で納得されて治療に励んでいるようですよねぇ。
ブログで公開できるぐらいの持ち主なんだから、みんな底力があるんだね♪頼もしい限り、ますます大事にしたい仲間ですよ。
「自分で自分にOKをだせたらいい」…これからもそうでありたいと思っちゃいました。
ありがとう <(_ _)>


私の最初に行った所は手術件数もなく
不安だったのでセンターに紹介状を書いてもらった

家族にはなかなかほんとのこといえなかった

娘の反応って割とクールだったりするけれど
それがありがたいよね

あの時の私があったから今があるんだよね


私はね、母が同じ歳の時に乳癌で全摘してるんで、マンモトーム受けた時は「黒だろなぁ」と覚悟はあったけど、いざ一人で告知を聞いたときは、泣きながら主治医の白衣の胸ぐらつかんだよ…「私、死ぬのっ?」ってね。
…今となっては笑える光景。

姉さんの、パパちゃんや娘ちゃん、ご両親への気遣いに「家族愛」を感じるぜよ!

セカンドオピニオンを受けたんだね。
で、自分自身が納得して出した結論なら、
それが最善の答えなんじゃないのかな。。。

私も全摘することに関しては旦那には事後承諾だったな。

実家の母には「温泉には茶色いマジックで乳首をかいておけば、
誰も気づかないから大丈夫だよ」って手術することを報告した(^^;)


私も最初の告知は一人で淡々と受け、検査などから
多少は自分の中で覚悟していたからか、その時も
家族の前でも気丈に振舞っていました。
告知を受けることより、むしろ家族に説明する方が
難しかったというか、心を砕きました。
なかなか難しいことだとは思うけど、相手に泣かれて
しまうのが一番困惑してしまう・・・ので、まだ10代
なのに冷静に聞けた(本心はどう思ってても)娘さん達は
さすがマリラさんの娘さんだなぁと思ってしまいましたよ。

私も自分より家族が何と言われるかを心配しました。周りからいろいろ言われることで精神的にヤラレちゃうんじゃないかと・・・
まぁ、私の方は結構あっけらかんとしてたんですけどね。
入院中は私よりも家族の方が大変だった事は間違いないです。

マリラちゃん病気がわかってすぐにいろんな選択をしなくてはならないよね。 それも短期間で取捨選択をしなくてはならないから本当に大変だよね。
 マリラちゃんはご主人にも事後承諾だったらしいけど わたしも同じようなモンでした。 夫ははじめ心配であれこれいいましたが
 わたしのガン本読書と検索の勢いに負け”治療法について 口を挟めない。 本人の意見を尊重”で何も言いませんでした。
 人それぞれ治療法は違うけれど、自分で自分にOKをだせたらいいんだよね。
 
 

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